Take's Software Engineer Blog

TOEIC200点&プロマネな私が社内公募を経て、ソフトエンジニア&英語部門へ異動して奮闘していく話をしていきます

月100時間、年間850時間の残業をして得たもの

nzmoyasystem.hatenablog.com

ニュージーランドに移り住んだエンジニアのブログを読みました。

なかなか得るものがあったのと、私自身2年前年間残業時間850hやったので、何が体に起きて、精神的にどうなったのか書きたいと思います。850hやっていたときはつらくはなく、あとから聞かされた時にどっと疲れが出ました。

はじまり(2013年10月くらい)

当時の役割としては、①製品のリーダーとして中国人とある製品開発をしていました。
自分の部下に3人いるような感じです。リスクを洗い出して進めていたのと、もともとオフショアやったメンバーもいるので、お互いの性格もわかっているので、ゆるっとした開発でした。(そもそも作るものそんなになかったし)
マイナーチェンジのようなモデルで雑魚キャラのような印象を周りはもっていたので、上からみると私を成長させるためのPJだったのかもしれません。

その一方で、②組み込みのある部品を変えるための開発もスタートしていました。本格化するのが4月~7月くらい。
①の仕事は中国人リーダーにある程度まかせてフェードアウトしてさっさと開発しろと上からは言われていた記憶があります。当時残業10時間くらいで帰ってました。
7時出社17時帰宅ですね。
ピークがまさにかぶってますね。

要件変更(2013年12月くらい)

①の製品を作っていたある日。12月ごろハード屋さんからある部品をVAしたいという要求が来ました。コストダウンの波です。ソフトウェアはまだ多少動くプロトタイプがある程度です。
わたしはお偉いさまに囲まれつつできる計画を練って説明を繰り返していたような記憶しかありません。②の仕事が放置に・・・(不穏な流れ)

中国に出せる内容ではないので、日本で開発することになりました。おれがやらないと誰がやるんだという空気に。

この時点で2はやめたいといえなかったのが敗因かなと。

評価と開発が重なる日(2014年6月くらい)

①の製品のVAによる開発の評価と②の開発が重なりました。②に着手したのは4月からです。5月に立ち上げです。もう無理ぽです。
当時の状況は、中国人を日本に呼び、①の対応をやりつつ②の開発をしていました。
勤務時間はこんな感じ
  7時出社 ~9時まで②の開発
  9時から18時まで①の製品の問題対応と中国人2名への指示とフォロー
  18時から24時②の開発をする
土曜日も出勤していた記憶があります。残業時間が法的にオーバーしないように工夫する術も持っているので、事実労働時間は記憶にありません。

当時はパワープレイヤーな人が②のリーダーにいたので、進捗を毎日聞かれます。はよ動かないのか?いつできるんだ?と毎日やってきますが、私は基本残業時間で開発するので劇的な進捗はありません。とにかく「うるさい、だまってろ。」おまえの一言が開発を止めていることに気付けボケと何かと尖っていたことは覚えています。

結果

体の変化

上記のことを4か月くらい続けていたら以下の変化がありました

 ・ぎっくり腰になった
 ・座骨神経痛も発症した
 ・スキルアップに費やす時間は0になった
 ・疲れというより気合で乗り切る毎日

気持ちの変化

・定時で帰りますというのを見ると怒りの衝動が抑えられなくなる

・曜日感覚がなくなる

唯一救われたのは

当時同じような境遇の同僚が近くにいて終電までやべーやべー言いながらもやっていたというのは大きいですね。これが一人ならさっさと倒れていたことでしょう。

まとめ

長時間労働を1年続けましたが、会社がやばいとかあそこに入らないと炎上するとか何かしら強いモチベーションがあれば何とかやってこれるのかなと。
長時間労働に対する免疫があるかないかで、やれるやれないは変わってくるかと。
長時間労働は長期的に考えるとスキルアップ時間もないので、生産性とはかけ離れた世界です。本来はスキルを上げることで長時間労働を短くするなど工夫を個人がやるべきと思います。正直10時間残業のときですらスキルに使っている時間はほとんどなかったので、そこで多少なりとも磨いておけばこんなに働く必要はなかったのかもしれません。

近頃思う重要なことは
 ・自分はどんなエンジニアを目指し、どこを強みとして日々スキルをあげるか

に尽きると思ってます。それが仕事なのか日々の活動なのかは問いません。

この時間を作れない要因が残業にあるとしたら環境を変えるように努力すべきと今は思っています。そこが残業しまくって得られたことなのかなと

 

最後に,今後のキャリアを考えて、今の場所を去る決意をしました。

その後の私自身の社内公募による異動の体験をまとめたブログを書いていますので

ご興味があれば、読んでいってくれると大変喜びます。

www.monokuma12.com

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