
サマリー
本書の中核をなすのは、「地頭力」を以下の5つの構成要素に分解し、それぞれを個別に、かつ総合的に鍛えるというアプローチである。
1. 高さ(視座): 物事を高い視座から俯瞰的に捉える能力。
2. 広さ(視野): 漏れなく、ダブりなく、隈なく事象を整理する能力。
3. 深さ(思考): 「なぜ?」を繰り返し、物事の本質や根本原因を掘り下げる能力。
4. 新しさ(発想): 既存の知識や情報を組み合わせて、新たなアイデアを生み出す能力。
5. 速さ(回転): インプット、プロセシング、アウトプットのサイクルを高速で回す能力。
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1. 「ビジネス地頭力」の定義と5つの構成要素
本書は、従来の「地頭」という曖昧な概念を、「ロジカルなだけでは成果は出ない」という問題意識から再定義する。著者は、自身の戦略コンサルティングファームでの経験を基に、地頭力を成果創出に直結する5つの要素に分解・体系化した。
1.1. 地頭力の5要素
地頭力は、IQや学歴といった先天的な能力や過去の実績で測れるものではなく、後天的に開発可能であるとされている。5つの要素は以下の通りである。
要素
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定義
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① 高さ
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どれだけ高い視座から見られるか?(物事を高い視座から俯瞰的、大局的に捉える力)
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② 広さ
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どれだけ物事を広く捉えられるか?(物事を漏れなく、ダブりなく、隈なく分析・整理する力)
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③ 深さ
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どれだけ自問自答を繰り返せるか?(物事の本質を捉え、メカニズムを構造的に読み解く力)
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④ 新しさ
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既存の情報を組み合わせて新しいことを生み出せるか?(既存の知識や情報を新結合し、新たな発想やアイデアを生み出す力)
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⑤ 速さ
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どれだけ速く頭を回転させられるか?(インプット、プロセシング、アウトプットのサイクルを瞬発力高く、高速に回す力)
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これらの要素は、コンサルティングファームにおける採用面接やプロジェクト遂行時の評価基準としても活用されており、ビジネスの現場で求められる実践的な能力であることが示唆される。
1.2. 本書の特徴
本書は、著者が運営するnoteの記事を元にしているが、単なる記事のまとめではない。5つの要素という分かりやすい視点で地頭力を分解し、それぞれの鍛え方を具体的に提示している点が類書との大きな違いである。また、実践で使えない地頭理論は「話としては面白くても、ビジネスの現場では役に立ちません」という観点から、実用性を重視した構成となっている。
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2. 第1の要素:高さ(Takasa) ― 高い視座から物事を俯瞰的に捉える
「高さ」とは、物事を高い視座から俯瞰的・大局的に捉える能力を指す。これは他の4要素の土台となる最も重要な要素として位置づけられている。
2.1. 視座が高いことの4つのメリット
視座を高めることには、以下の4つの具体的なメリットがある。
1. 仕事でより大きな価値を出しやすくなる: 視野が広がり、より多くのイシューを発見・選択できるようになるため、仕事の価値が決まる「取り組むイシュー」の質が向上する。
2. 視野が広がることで、自身が直面している課題を相対化できるようになる: 一つの課題に固執せず、より本質的な解決策に繋がりやすくなる。
3. 役職上位者と対等に会話できるようになる: 経営層と同じ視座で思考・発言することで、建設的な対話が可能になる。
2.2. 「高さ」を構成する3つの軸
視座の「高さ」は、以下の3つの軸の長さと太さで分解して理解することができる。
• 目的軸: 目先の事象をより高次の目的や大義名分に引き上げて考える力。
• 空間軸: さまざまな部署、業界、国など、空間を広く俯瞰して、組織全体の価値を俯瞰し、どこにどんな課題が存在しているかを網羅的に捉える力。
• 時間軸: 過去から学び、数十年後の未来に何が変わるのかを洞察する思考法。「賢者は歴史に学ぶ」という格言がこれにあたる。
Daikinやユニクロ、ラクスルといった高成長企業は、この3軸をビジネスモデルやミッションに組み込むことで持続的な成長を実現している。
2.3. 視座を上げるための3つのドライバー
視座は以下の3つのドライバーによって高めることができる。
1. ミッション: 自身が所属する組織の目的や、担当業務に課された目的のスケール。
2. 役職: 役職が上がるほど責任範囲が広がり、自然と視座が高まる。
3. 周囲の視座: 視座の高い上司、同僚、友人、知人と接することで、自身の視座も引き上げられる。
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3. 第2の要素:広さ(Hirosa) ― 漏れなく、ダブりなく、隈なく事象を整理する
「広さ」とは、高い視座から生まれた広い視野の下で、スコープ(対象)に対して漏れなく、ダブりなく、隈なく事象を整理する能力である。
3.1. 「広さ」が求められる典型的なシーン
ビジネスにおいて「広さ」が特に求められるのは、以下の3つのプロセスからなる。
1. 課題を設定する: あらゆる選択肢を洗い出し、真に優先度の高い課題を絞り込む。
2. 施策を検討する: 課題解決のための施策を網羅的にリストアップする。
3. 組織で合意形成をしながら実行する: 関係者間の認識のズレを防ぎ、円滑な合意形成を促す。
「広さ」の欠如は、限定的な視野での行動や、非効率な議論によるスピードの低下を招き、企業の命運を左右する重大な弊害となりうる。
3.2. 「広さ」の根幹となる3つの因数分解
「広さ」を担保するための具体的な方法論が「因数分解」である。本書では3種類が提示される。
因数分解の種類
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概要
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具体的なアプローチ例
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MECE(漏れなくダブりなく)
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論理的因数分解
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目に見えない事象の構造を論理で捉え、分解する。例:ダイエットの成功 = インプットを減らす and/or スループットを高める and/or アウトプットを増やす
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定性的因数分解
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4. 第3の要素:深さ(Fukasa) ― 物事の背景や原因を深く掘り下げて考える
「深さ」とは、「なぜ?」という問いかけを通じて、物事の背景や原因を深く掘り下げ、本質にたどり着く思考力である。
4.1. 表面的な理解で終わる人と、本質を掘り下げる人の差異
両者の違いは、物事の背景・原因・メカニズムを捉えた上で判断・行動するかどうかにある。本質を掘り下げる人は、表面的な事象に惑わされず、根本的な問題解決に至ることができる。
4.2. 「深さ」の思考の2つの型
「深さ」には2つの思考タイプが存在する。
1. 深掘り思考 (Digging-Down Thinking)
◦ 概要: 「なぜ?」を直線的に繰り返すことで、物事の本質にたどり着くことを目指す思考。
◦ 特徴: "単線的"。トヨタの「5回のなぜ」が典型例。通常、2〜3回の深掘りで実用的な示唆が得られることが多い。
2. 構造化思考 (Structural Thinking)
◦ 概要: 因果の連鎖を紐解き、全体としてのメカニズムがどうなっているかを描写する思考。
4.3. 「深さ」を鍛える方法
• 「なぜ?」を2〜3回繰り返す習慣: 日常のビジネスや生活の中で、根本原因を考える癖をつける。
• 「具体的には?」と「なぜ?」の組み合わせ: ヒアリングやディスカッションで、発言の真意や本質的な課題を深く探る。
• 議論の構造をメモで可視化: 紙とペンを使い、原因と結果の因果関係を書き出すことで、構造化思考を鍛える。
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5. 第4の要素:新しさ(Atarashisa) ― 既存の知見を組み合わせて新たなアイデアを生み出す
5.1. 発想の本質:「情報の引き出し量」×「組み合わせ」
新たな発想は、以下の2つの要素の掛け合わせで生まれる。
• 情報の引き出し量をたくさん持つこと: 常に新しい情報をインプットし、自分の中に多様な知識を蓄積する。
• 組み合わせる情報の「距離」を意識すること: 遠い業界や異なる技術など、一見無関係に見える情報を組み合わせるほど、ユニークなアイデアが生まれやすくなる。
5.2. 「新しさ」を生み出す3つのアプローチ
他の地頭要素を活用することで、「新しさ」を意図的に生み出すことができる。
1. 詳しさ → 新しさ: 離れた情報・知識を偶発的・意図的に組み合わせ、新しい着想を得る。
2. 高さ → 新しさ: 視座を上げ視野を広げ、異なる分野や階層の情報を俯瞰し、アナロジー(類推)によって新たな解決策を生む。
3. 深さ → 新しさ: 物事の本質を掘り下げ、その水平展開(他分野応用)により新しい解決策を生む。
5.3. 「新しさ」の地頭を鍛える方法
• インプットの質と量を高める: 読書会や勉強会への参加を通じて、質の高い一次情報を得る。
• 生成AIと壁打ちする: AIをアイデア創出の「相棒」と位置づけ、情報の組み合わせを進化させる。
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6. 第5の要素:速さ(Hayasa) ― 後天的に鍛え、生成AIでレバレッジを効かせる
「速さ」とは、いわゆる「頭の回転の速さ」であり、インプット・プロセシング・アウトプットのサイクルを高速で回す能力を指す。先天的な脳のスペックに依存する部分もあるが、後天的に鍛えることが可能である。
6.1. 頭の回転の速さの分解
頭の回転の速さは、以下の2つのフレームワークで分解できる。
• 情報処理プロセス:
◦ インプット: 瞬時に要点を理解する力。
◦ プロセシング: パターン認識や論理判断を即時に行う力。
◦ アウトプット: 即座に言語化し、相手に合わせた表現を選択する力。
• 処理速度:
◦ 瞬発力: その場で即座に反応する力(数秒〜数分)。
◦ 準備力: 事前に要点を抽出・整理しておく力。
6.2. 後天的に「速さ」を鍛える5つのTIPS
2. 同僚のアウトプットにフィードバックする場数を踏む(アウトプット×瞬発力): 他者のアウトプットをレビューすることで、言語化能力を磨く。
3. エグゼクティブサマリーを書く癖をつける(インプット×準備力): 要点を抽出・要約する力を鍛える。
4. 「現時点仮説は…」を口癖にする(プロセシング×準備力): 常に仮説を言語化する習慣で、思考の準備力を高める。
5. Wordのメモで5分プレゼンする習慣をつける(アウトプット×準備力): 要約と構造化のスキルを鍛える。
6.3. 生成AIを活用して「速さ」を向上させる方法
生成AIは、特に「準備力」の領域で大きな力を発揮する。
• 会議内容のリアルタイム要約(インプット×準備力)
• プレゼン資料の要約(インプット×準備力)
• 論点の生成(プロセシング×準備力)
• 仮説の生成(プロセシング×準備力)
• 自分の主張の分かりやすい説明の生成(アウトプット×準備力)
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7. 総合的な地頭力の育成とAI時代の再定義
5つの地頭要素は独立しておらず、相互に影響を与え合っている。例えば、「高さ」と「広さ」が「新しさ」を生む土壌となり、「速さ」は他の全ての要素の波及効果を高めるエンジンとなる。
7.1. 地頭の再定義:地頭 = 脳 + AI
AIの進化は、地頭のあり方を大きく変える。これからの時代における地頭力は、人間の脳とAIを組み合わせたものとして再定義されるべきである。
地頭要素
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人間の固有性
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道具としてのAI活用可能性
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高さ
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非常に高い
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中程度
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広さ
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高い
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高い
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深さ
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中程度
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高い
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新しさ
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非常に高い
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中程度
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速さ
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低〜中
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非常に高い
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この評価によれば、人間の固有性が最も高いのは「高さ」と「新しさ」である。AIは「速さ」やロジカルな「広さ」「深さ」で人間を補完する強力な道具となる。これからの時代は、AIに代替されにくい人間の知的能力を磨きつつ、AIを使いこなすことが極めて重要になる。
7.2. 変化の時代を切り拓くために
