とある組み込みエンジニアひとりごと

朝活を通じて得たものを紹介していきます

死ぬほどきつかった思い出しかないヤマザキパンのアルバイトについて

私の人生の中で一番きつかったのがヤマザキパンでのバイトです。

この経験がなければ、理系大学院はなかったと思うくらいの辛い体験談となります。

どんな部分が辛かったのかあたりをまとめようと思います

 面接

当時18歳でした。このときアルバイトを始めようと思い、いろいろ探していたのですが、当時極度のコミュ障だったので、面接にことごとく落ちました

ゲーム屋さんの店員、喫茶店のバイト、家庭教師

などいろいろ応募しましたが、全部落ちました。

そしてその後

ヤマザキパンの面接に行き、時給800円の工場勤務という条件で、無事に採用されました。

 配属されたところ

私は資材部というところに配属されました。

その場所は、パンなどの原材料をいろんな部門にお届けする場所となります。

当時5名くらいのチームでやっていました。

 ・バイトリーダー

 ・知的障碍者2名

 ・新人バイト2名

というメンバー構成でした。会話はほぼありません。もう一人の新人バイトもあまり話すタイプではなかったのと、私も話すことはなかったです。

 どんな仕事、勤務時間

1日の9時から17時の勤務時間で、2日いくと、休みというローテーションでした。当日はロッカーで着替えてから、ほこりなどを落とす装置を通り現場入りです。

昼ご飯は食堂があり、ラーメンや定食を食べることが可能でした。
無料で、怪しい新製品を食べることができました。

帰りの残業は最後の掃除が終わるかどうかで1時間残業があるかどうかです。


資材部の仕事内容は、バター20キロなどのパンの原材料を箱から出して、トレイに乗せて、各地に運ぶということと、段ボールをつぶすという作業を延々と繰り返します。

そして、1日の最後にアンコ400個が届くので、こいつをひたすら出して、

へとへとになって終わりという形です。 

 

 何が辛かったか

辛いことは2点

 ・肉体的に非常に大変

 ・会話がない

です。

重いものをトレイに入れるという単純作業を数時間やるので、3日も体がもたないという状態でした。19歳くらいの一番元気な時にそれです。

あれは本当にきつかった。

そして次に会話です。

基本的に会話しないメンバーばかりいたので、ひたすら箱を開けて、

詰めて、潰すを続けます。これかなりつらかった。お昼休憩は私は昼寝してました。

 まとめ

アルバイトって経験的にやったほうがよいというより、

辛い環境やよい環境含めていろいろ経験することができるというのが最大のメリットですね。

アルバイト先で人生がかわるという経験を自分はできたので、

ある意味つらかったけど、よかったなと思います。

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